SBS内で現在進行中の「仮キュラム」
7月は「地球と生命の歴史」ということで、課題図書を読み、レポートを書くということがミッションでした。
akilagotohの課題レポートをお裾分けです。
共通のテーマについて考え、本を読み、スカイプを使って対話して、認識を深めていく。仮キュラムを実験的に展開中です。
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「相互依存と循環」 akila gotoh
デヴィッド・スズキ /辻信一+小形恵 訳 (2007)『きみは地球だ デヴィッド・スズキ博士の環境科学入門』東京:大月書店
この本を読んで、「改めて」、今この時代のこの瞬間を生きていることの「ありがたさ」を感じている。地球という奇跡的な生命空間があるという有り難さ、その星の上で生きていること自体の有り難さ。
僕が知る範囲では、生命体がいのちや暮らしの営みを構築できている惑星は地球以外にないようだ。そのぐらい奇跡的な条件とさまざまな要因が重なって、この地球はたくさんのいのちを育みながら、それ自身の生を生きている。
そして、この地球上で僕が生きていることの不思議さがある。空気、水、土、火(エネルギー)、愛、そしてスピリチュアリティがあって初めて、生き物はもらったいのちを生き抜くことができている。D・スズキが書くように、二酸化炭素を吐き出して、酸素を吸い込む動物がいて、他方で、二酸化炭素を吸い込んで、酸素を吐き出す植物がある。両者がいて、地球上のいのちは生を謳歌することができている。土壌に播いた種が発芽し、ミネラル分や栄養素を吸収した野菜や米を食べる。野菜や米が土壌の栄養素を僕らが吸収できる形に変換してくれる。こうして僕は生かされている。
そう考えると、大いなる相互依存と循環によって、僕らのいのちは成り立っている。空気も水も土壌も、動物も植物も太陽の光も、立ち止まって考えてみれば「有限」だ。その有限のものが自ら形を変えたり、他の動植物や様々な反応によって形を変換しながら循環している。
地球上の水がバケツ1杯だと考えると、淡水(真水)はコップ1杯、そして人間が活用できる淡水は小さじ1杯程度だと言う。
動植物の亡骸や菌、微生物の働きで土壌が1センチ形成されるのに要する時間は100年以上とも言われている。
自分がもらった魂と肉体もやがてこの循環の中に溶けていく。そう考えると、「きみは地球だ」というフレーズが実感できてくる。
この相互依存と循環を意識すると、「ああ、シンプルでありたい」と思えてくる。今の人間の暮らしや考え方は、あからさまにこの相互依存と循環の輪からはみ出してしまっていないだろうか。
とある対話の中で出てきたフレーズ。「自然の理(ことわり)に反したことをしていたら、必ずしっぺ返しを喰いますよ。逆に、自然の理に沿ったことをしていれば、うまくいくはずです」。このフレーズが僕の意識の中に定着している。
「自然の理(ことわり)」という言葉をつぶやきながら、太陽光を意識した時に、「宇宙の理(ことわり)」という言葉が浮かんできた。地球もより大きな視点で捉えれば、宇宙空間に抱かれている。太陽光ははるか宇宙の彼方から注いでくる。そこにも理がありそうだ。そう考えると、「きみは宇宙だ」という発想も出てくる。宇宙の外には、まだ僕らが名付けられてもいない領域が広がっているかもしれない。それによって宇宙が成り立っているとしたら。
そんなことを考えつつも、日々、足下を意識しながら丁寧に生きてみたい。
akilagotoh





