エコビレッジをつくるため、青森に移り住んで3年目の山本勇樹君。移住したばかりの厳寒期に電話したときに「寒い?」と聞くと「寒いっす・・・」。「大丈夫なの?」とさらに問うと、「いやもう凍死寸前というか、やばいっす」。
そんなこんなでスタートした青森での生活も、今年で3年目。「設立準備」の期間を終えて、いよいよ本格的なエコビレッジとしてスタートしようとしている。
そこにはどんな自然があり、どんなものを食べ、どんな楽しみがあるのか?
青い森のエコビレッジを創る山本勇樹君からの現地報告。(企画・編集 矢野宏和)
私は、青森県六ヶ所村と東北町で、「青い森のエコビレッジをつくろう」を合い言葉にエコビレッジづくりに取組む「六ヶ所あしたの森」というプロジェクトの事務局スタッフをしています。
2008年12月に「六ヶ所あしたの森」設立準備委員会としてキックオフをし、東京を拠点に1年、そして青森に拠点を移して1年準備活動をしてきまして3年目になる今年、ついに“設立準備”の役目を終え、今秋には正式に設立することを予定しています。今回はその「あしたの森」の日々について少し紹介させて下さい。
1.あしたの森の森林と田畑
私たちの拠点となる事務所と森林と田畑は、青森県は下北半島の付け根に位置する、青森県上北郡六ヶ所村と東北町の境界にまたがってあります。面積は41ha(東京ドーム約9個分)と、とても駆け出しの団体としては広大です。私たちはそこに元々あった小さな小さな集会場(6畳と9畳の部屋のみ、台所と風呂はなし。トイレもあるとは言えないほど小さい空間です)をメンテナンスし、自宅兼事務所として私を含む専従スタッフ2人が住んでいます。
事務所の裏には、いわゆる里山が広がっています。森林は大きく2ヵ所に別れていて、1ヵ所は杉と雑木が混在する「孫吉の森(まごきち)」、もう1ヵ所は山菜が豊富にあり下流が田んぼとなっている「千志郎の森(せんしろう)」です。孫吉の森では、ウチの理事で地主の大池や隣のじいちゃんが若い頃に植え40〜50年以上経ったものばかりなので、これから徐々に間伐をしていき、将来的には雑木山を少しずつ増やしていく、そして整備をして森林浴ができるような山道も整備していきたいと考えています。
森林の入口には3反ほどの小さな畑があり、私たちは農薬を使わない、そして肥料も与えない「自然栽培」と、無化学肥料栽培の「有機栽培」を併用した小さな農業をはじめています。また、千志郎の森から下流へ行くと、田んぼがあります。森には全体で大きく4つの沢が生まれているのですが、千志郎の沢から生まれた水が、やがて下流にある私たちの田んぼに水を注ぎ、水産資源が豊富なことから「宝沼」と呼ばれる小川原湖(日本の湖沼では11番目の面積)へと流れます。
このように、私たちの拠点となる活動フィールドは、森林の中に田畑があり、そしてそこから生まれる沢は湖へそして海へとつながっている、自然の循環を丸ごと感じることが出来ます。
2.半農半Xとしての農的な暮らし
さて、私たちの日々ですが、私たちは「半農半X」と言われる様な「農的な暮らし」を中心に据え日々を過ごしています。またそれが生活だけでなく「生業」として、日々の仕事や活動となっています。
エコビレッジづくりとして、ゆくゆくは、宿泊型の「森の自然学校」や、週末保育的な「森の幼稚園」、地域住民たちと運営する「森のコミュニティーカフェ」などをやっていきたいと計画していますが、プロジェクトはまだ始まったばかりです。今私たちの中心は、農作業とフェアトレードコーヒー販売がメインとなっています。
ここでは、農作業とコーヒー販売の日々と、それを取り巻く私たちの様々な活動事業と出来事を少し紹介させて下さい。
3.日々のあれこれ——その1 隣人:隣のじいちゃんと、集落での暮らし
私たちの集落は5軒しかない小さな集落です。でもそれがちょうどいいサイズで、コンパクトで、集まりやすく、とても心地がいいのです!集落では子ども達はみんな外へ(三沢や八戸などの近郊都市へ)出てしまっているので、5,60歳代のお父さんお母さん世代と8,90世代のじいちゃんばあちゃん世代で構成される集落の中では、私たちは一番の若者になります。集落の人たちは5軒ともに違う職業を持っているのがまた味わい深いです。
特に、となりのじいちゃんはいつも冗談を話しているおもしろい人です。私が人生の中でであった人の中で一番面白いかもしれません。人生の中で出会えて幸せだと思える人の中の1人です。ばあちゃんと2人暮らしで、2人のやりとりも時々漫才のようです。なんでも自分で修理したり、ものを創ったりする80歳とは思えない、パワフルでなんでも出来ちゃうじいちゃん。もちろん年配者の南部弁は難解ですが、少しずつ慣れて来ましたし、あちらもなるべく標準語を使ってくれます。
そんな中、私たちは時間のあるときに牛舎のお手伝いをします。この周辺地域では、核燃関連施設が隣接することから、国や県、または市町村からの補助金があったりするので、牛舎もきれいなところが多かったり、お金をかけて建て替え、建て増ししたりするのですが、このじいちゃんは全て自分達の手で建て、修理しています。他の小屋や道具など、様々なものを手作りする。お金をかけずに、つくれるものは自分で創る。このじいちゃんの暮らしには、持続可能な暮らしのヒントがたくさん隠されています。あしたの森の木々たちも、その昔、じいちゃんが若いときに植えた木がたくさんあるんだから、感慨深いです。
4.日々のあれこれ——その2 地域:広がる、地域での暮らし
前述の通り私たちの自宅兼事務所は東北町にあり、前述のその集落内でのコミュニティがメインとなりますが、田畑と森林は六ヶ所村になります。私たちとは別の集落にある田んぼは、六ヶ所村の最南にあり、小川原湖の湖畔に面した中志集落にあります。そこの集落の田んぼの水は、全部あしたの森から湧き出ている沢から生まれた水たちであり、まさに森林と水源と生活が一体に感じられる暮らしがここにあります。
私たちは、人間の力を過信しているからか、または自然というあまりに大きな力を具体的数字や言葉として表すことが難しいからか、今ここにある、すぐそばにある木々や草花、小動物や水、空気や虫たちの偉大さに気付く人が少ないと思います。まさにあしたの森は、それを日々の暮らしや活動で気付くことができるとても素晴らしい環境です。
また、たくさんの人が日々尋ねて来てくれています。またこれも、私たちの日々の楽しみでもあり、大きな力の糧となります。町で喫茶店のマスターをしながら発掘をしている考古学者や、地域で福祉施設を営みながら温泉を経営している炭焼きのお父さん、県内で農薬を使わないで農業を営んでいる人たちなど、持続可能な社会や暮らしを少しずつカタチにしている人たちとのつながりは、さらに広がりをみせています。
5.日々のあれこれ——その3 農:農業のこれまでとこれからの狭間で
私たちは、農薬も使わない、そして出来る限り有機肥料も与えない「自然栽培」という農法で田畑をやっています。販路も直販や関心のある人へ直接とどけられるような、小さくても関係性の見える農業をはじめていますが、この地域では全国的にみても、まだまだ認知が低く、慣行栽培を続けている農家さんが多いところです。特にここ東北町は、全国で高齢化や収入が減るなど農業の危機が叫ばれている一方で、県内でも慣行農業が(農業の収益が高く)上手くいっていて、後継者もかなり多いという稀にみる地域となっています。
そんな地域で私たちのような農業がやっていくために、そしてそれを一般的な農業として広めるために、いろいろな若い農業者がいる場に色々参加をして交流を深めています。
まずは現在の農業をやっている若者とつながりをつくるために、東北町や六ヶ所村である上北郡と十和田市で慣行栽培として取組む若い農業者の集まりに参加をして、「こったら変わった農業をやってる人間がいるじゃ」というようにまず認識してもらうように努力しています。すると慣行農業をやっている若者たちが、ちらほら関心を持って、あしたの森を訪ねてくれます。今すぐには難しいかもしれないけれども、彼らもまた、僕たちと同じ「希望」であるので、彼らを否定することなく、あしたの森の農業の愉しさをわかちあいながらつながりを創る様にしています。
また一方で、東北町にもあしたの森の中心的な存在になりつつある長いも農家のせがれが、あしたの森と並行して自然栽培をはじめました。十和田ではすでに「とわだ自然栽培研究所」として50人近い人たちが、ゆるやかに楽しみながら自然栽培の普及に取組んでいます。周辺市町村にも少なからず、慣行栽培とは一線を画した取組みをしている人もいますので、刺激をもらいに、そして勇気と情熱をもらいに、つながりを深めています。
他にも、青森市に浅虫温泉という温泉街があるのですが、そこで20代の男女が農薬を使わない農業をして、そこで採れた作物を町のおばちゃんたちがやっているコミュニティカフェレストランで使うという、地域の循環に取組むNPOとも関わりを持つ様にして、交流しています。たとえば、こちらはそのNPOが取組む大豆レボリューションのオーナーとして参加し、そのNPOは、私たちの取り扱っているフェアトレードコーヒーをそのカフェレストランで取り扱って下さっています。
6.日々のあれこれ——その4 科学と手作り:科学と自然科学と手作りでエネルギーを
そしてなんと言ってもエネルギーの自給、自然エネルギーの利用と普及です。しかし物事を進めるには時間のかかるものです。もちろん自然エネルギーの利用といっても、正直始めはお金も時間もかかるものです。
それをぐぐっと早めてくれる出会いがありました。それは理事で地主の大池の古くからの友人「お楽しみ科学実験出前屋&ゆびぶえ演奏家」の萠出さんとの出会いです。萠出さんは、「仮説実験授業」という教育を根本的に考え直す具体的で刺激的な「楽しい授業」を世に広めた板倉聖宣さんのお弟子さんで、今ではあしたの森で色々なアイディアを生み出してくれて、一緒に様々なことを目論んでいます。ほんとうにおかげさまな出会いだと思っています。
萠出さんとのお話しをすると尽きないのですが、科学の分野だけではなく、森のこと、沢のこと、湖のことにも詳しく、またそれらをおもしろ楽しく、しかも社会や環境に役立ち、活動や事業にしていく。科学や自然環境での暮らしなど、すべてを楽しんでしまう。そして「自分で考え」「自分でつくる」など、手作りしたり、大型機械などに頼らない、昔ながらの道具や手法をつかって暮らしていく知恵をたくさん持っているかたです。まさにこういう人のことを「市民科学者」というのでは、と思います。
まずはさっそく夏にあしたの森の材でドラム缶炭焼きをやりました。炭をつくるのがこんなに大変だなんて思ってもみませんでした。次には間伐材で、さっそくディジュリドゥを試作して下さったり、あしたの森で育ったひょうたんでランプシェイド、キャンドルシェイドも試作されました。
それだけにとどまらず、町唯一の鉄道駅「乙供駅」では指笛演奏のユニットを組んで演奏したり、そしてなんと、今夏には太陽光パネルと小型風力発電を一緒に設置することになりました!!今は森の中にある堤に水を溜めて小型水力発電を計画したり、薪ストーブの熱を利用した床暖房なども模索中です。
7.東北のあしたの希望でありたい:スローにダイナミックに動き始めたあしたの森
ここでご紹介したお話は、あしたの森のほんの一部分でしかありません。是非実際にあしたの森にきて下さい。このダイナミックな暮らしをみなさんと一緒に楽しみたいです。心からお待ちしています!!
311の震災や原発事故の前後に関係なく、私たちは持続可能な暮らしや社会を青森から実践、創出、発信していく使命にはなんら変わりはないので、「東北のあしたの希望であり、現実的未来」となれるよう、今のところは活動や事業を粛々と進めているところです。
あしたの森は希望です。「東北のあしたの希望でありたい」「六ヶ所からも東北のあしたの希望を!」ということで、今秋から名称を「六ヶ所あしたの森」改め、「東北あしたの森」と、今まで以上にこの地域の想い、そして使命を自覚し、そして分かりやすく活動事業を進めていきたいと思っています。これも私たちの拠点が、六ヶ所村であり、東北町であるという必然から生まれたものだと考えています。
これからも少しずつではありますが、しかしダイナミックに、地域に寄り添って、地域の人と共に、そして全国や世界と共に、等身大で邁進して行きます!
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