※ 最初に配信したバージョンでは、エッセイの内容が古いものになっておりました。また、エッセイ・書評の著者が間違っておりましたので訂正しました。

ごあいさつ

こんにちは、坂田です。

9月になって突然涼しくなりましたね。そして台風。
今年は天災の多い年だったと、後で記憶に残りそうな年ですね。

9月のはじめに、タイに行ってきました。4泊4日という短期間でチェンマイ・
チェンライを訪問してきました。

暁の家という、高地民族の中高生向けの寮を日本の寄付で運営している中野穂
積さんにお会いして、話を聞いてきました。話をしていて、特に感じたのは、
「フェアトレードで何がしたいのか」について、僕は少し迷いが出てきました。

熊本からフィリピンに視察に行った学生の報告にもありましたが、フェアトレー
ドを実践して豊かになったお金でテレビを買うということをどう思うでしょう
か。

先方の勝手といえば勝手なのですが、ほんとうにそうなのでしょうか。
じゃあ、車なら?豪邸ならどうでしょう?

今回のプロジェクトで僕が見ているのは手工芸品なのですが、売るためのコス
トダウンで伝統的な染めの技法や織りの技法を省略してしまっているケースが
散見されます。

確かに売れないとどうしようもないのですが、伝統的な知恵を捨ててまでして
売らなければならないのでしょうか。そしてそういうものしか買わない消費者
も、フェアトレードに関わっているといえるのでしょうか。

僕はフェアトレードする以上は、伝統と地域の生態系を守ってほしいと感じて
います。そういうのは、非現実的な期待なのでしょうか。

そういう悩みを抱えながらも、一歩ずつ進まないとやはり道も見えてこないの
でしょう。そんなわけで、今回も小さな一歩として、SBS通信をお届けします。

今回は、エッセイが二本に、書評、震災関係のレポートと盛りだくさんです。
山本君のエッセイと震災レポートはずっと以前にいただいていたものですが、
編集の都合上、お届けが遅れてしまいました。

携帯で全文が表示されない方はこちら:
http://blogs.slowbusiness.org/sbsm/

8月のSBS

8月が終わってもまだまだ暑さ厳しいわけですが、それでも
9月になったというだけで、世界を取り囲む色彩はアプリコッ
トオレンジからブラウンへと変わっていくような感じますね。

みなさんは、どうお感じでしょうか?

さて、というわけで、この8月を振り返ってみましょう。

SBS夏合宿、滋賀と関東で開催!

この8月、SBS学生による夏合宿が、滋賀県の琵琶湖の 辺と、あと関東で開
催されました。ネット主体のSBSです が、やはり直接、会って対話をする
ことでいろいろな可能 性が見えてくる合宿。SBSの醍醐味ですね。

滋賀合宿では、7,8,9期生と新しく入学された方が多かったこともあり、
「SBSでどういう学びができるのか?」「新しく”クラス”が出来たけれ
ど、だからどうなるん?」「ショップ膳って、学生にとって、どういう存在
なん?」「今どういう動きをし てるん?」といった声もでて、情報共有につ
いての課題も見えてきたそうです。

SBS夏合宿。9月には青森と福岡でも行われます。

「片付けたい」クラスの取組み

今期、SBSでは学生自身で教えたいこと、学びたいことを出し合ってのクラ
ス作りを活動の柱にしています。そんなクラスのひとつが、福崎はるさんが講
師を務める「片付け」をテーマにした講座型クラス。家の片付け、仕事の片付
け、人生の片付け。様々な局面で片付けと向き合っているSBS学生も多く、
6人の学生が受講しています。

そのなかで提唱されている「15分アタック法」というのは片付けを習慣化させ
るのに効果があるようです。片付けの他にも学習や仕事などとりかかりにくい
もの後回しになりがちなものにもとても有効とのこと。

「片付け」クラスのメンバーはすでにこの「15分アタック法」にトライして、
日々の実践を共有しながら成長していく様子も愉しそうです。目指せ!片付け
の達人。

SBC運営会議が2回行われました。

8月は2回の運営会議が行われました。この運営会議、SBS学生から選出され
た4人の理事が中心になってSBSの経営、運営についてアレコレ相談する場で、
もちろんSBS学生の参加もオッケーです。

今月行われた2回の運営会議では、今期の活動の軸である「クラス作り」につい
て、それをどうやって活性化させていくか。そのために具体的に何をしていく
かについて話し合われました。

その結果、まずはSBS学生がどんなことを学びたいか、教えたいか。そして、
SBSにおいてどんなことをしていきたいか?というテーマでアンケートを作
り、SBS学生の声を集めていくことになりました。

SBS学生自身が作っていく「がっこう」的な場。こうした地道な作業の積み
重ねが大切なようです。

(矢野)

エッセイ

ぎんなん

私の大好物、秋の味覚の「ぎんなん」。
その記憶の始まりは子供の頃、遊びに行ったおばあちゃんのうち。
ストーブの上で炒ってもらったのを一粒ずつ、丁寧にむきながら食べた、優しい時間・・・

そして結婚してから、お店で茶碗蒸しが出てきた時には、夫はいつも私に「ぎんなん」を
くれるようになりました。でもこれは、優しさからではなくて、もともと好きじゃないかららしい。
そういえば311の後、東北の親族が心配で、食事も喉を通らなかった時にも、茶碗蒸しに入っていた「黄色い一粒」は、私に「一瞬の笑み」をもたらしてくれました。
凍える寒さの中、どうしているのかわからない親族を思うと、後ろめたい気もしたけれど、
向かいに座る夫は、そんな私を見て、少し安心した顔をしていたのを覚えています。

震災後、ジムをやめた私たちは、近くの公園まで夕食後、ウォーキングするようになりました。夜10時を過ぎると、イチョウ並木にあるベンチで、時折、ホームレスの人達を見かけます。
その度に私は、数年前、市役所勤めの友達から聞いた話を思い出すのです。

その公園付近をテリトリーにしている、ある男性ホームレス。
昔は、市内に一戸建ての自宅と店舗を持っていたのに、なぜ、そういう状態になってしまったのか・・・それは、レストランのオーナーシェフをしていた時に、 奥さんが突然、病死してしまったからだとか。その後、彼は、思い出のある自宅にも帰らなくなり、仕事をする気も失ってしまったんだそうです。
これは、市役所関係者の間では有名な、本当の話ということでした。

そういえば今年、南相馬市で津波にさらわれた奥さんの為に、広大な畑一面に「ひまわり」を植えたという男性がいて、遺影の奥さんは黄色いスカーフを巻いていたのが印象的でした。
311から半年、911から10年・・・ 今年の中秋の名月は、ことのほか美しい気がします。
この世で愛する人を失った、どれほど多くの人達が、あの月を見上げていることでしょう。

もし、東京直下型地震が起こって、私がそうなったら、夫はどうやって生きていくのかな。
ホームレスになるよりは、私の事を忘れて再婚するなりして欲しいけど。
たぶん、仕事を今までどおり頑張って、料理は全くできないから、1人で 外食するんだろうな。でも、茶碗蒸しを食べた時くらいは、私の事を思い出してくれるかな。

秋の夜長、今年は以前よりリアルさを増して、私の妄想は続きます・・・

小泉千里(9期生)

青い森のエコビレッジをつくろう!

エコビレッジをつくるため、青森に移り住んで3年目の山本勇樹君。移住したば
かりの厳寒期に電話したときに「寒い?」と聞くと「寒いっす・・・」。「大
丈夫なの?」とさらに問うと、「いやもう凍死寸前というか、やばいっす」。
そんなこんなでスタートした青森での生活も、今年で3年目。「設立準備」の期
間を終えて、いよいよ本格的なエコビレッジとしてスタートしようとしている。
そこにはどんな自然があり、どんなものを食べ、どんな楽しみがあるのか?青
い森のエコビレッジを創る山本勇樹君からの現地報告。

本文はこちら

(企画・編集 矢野宏和)

書評:「わたしたちの涙で雪だるまが溶けた」

私は東京に暮らす10歳の娘の母だ。3月に福島原発事故が起こって以来、子
どもをどう守るのかが一番の課題となった。「直ちに人体に影響はない」とい
う言葉ばかり流される中、本当に子どもたちに何が起こるのか知らなくては、
そんな思いでこの本を手に取った。

出版されたのはチェルノブイリ原発事故の8年後の1995年。「チェルノブ
イリと私の運命」というテーマで、ベラルーシで被曝した子どもたちを対象に
作文コンテストが開かれ、よせられた500編を越える作文の中から選ばれた
50編が掲載されている。表紙は葉祥明さんの描いた青空。子どもたちの運命
を変えた4月26日は美しい青空だったのだ。

作文集はその日に起こった出来事を呪い、自らのそして周囲の人々の不幸を嘆
き、神に祈る言葉から始まる。放射能に家族を、友人を、ふるさとを、健康を、
奪われ、翻弄される運命。一編一編が重い。でも希望を失わないで踏ん張って
いる50人の子どもたちの姿に、涙が止まらなかった。

「母は子どものように手の甲で目をこすり、泣き始め、問うのだった。『オリ
ガ!何でお前が。何でお前が死ななくちゃいけないの』私はただ唇を結んだま
ま、黙って途方に暮れるだけだった。

「人間の命はなにものにもまさり尊いといいながら、農村の子どもたちは自分
の血で喉を詰まらせ手いる。ナローブリャの男の子が授業中に気絶する。」

最初、恐ろしいほど冷静な子どもたちの描写に驚かされた。そして、気づいた
彼らは人として成熟しなくては生きていけなかったのだと。幾多の苦難を乗り
越えながら、生きてきた8年だから。しかし、彼らは人を責め、呪詛に明け暮
れるあきらめ顔の大人になったのではない、50編すべてに希望が綴られてい
る。大人に望むこと、自分たちがしたいこと、未来・・・。

この本に出会ってから4ヶ月。改めて読み返すとき、福島とその周辺で進行し
ていることが、ベラルーシとダブって見えてくる。ふるさとから切り離され、
残っても制限だらけの暮らし、そして食べるものへの不安。今から8年後、日
本の子どもたちがどう3月11日からの日々を綴るのか、それは私たちにかかっ
ている。放射能という見えない敵に心を許しそうになったとき、再び開かなく
てはならない本だ。

陸田留美(7期生)

(注:この本は、スロービジネススクールの運営するショップ、膳<Zen>から
購入できます。
http://shop.slowbusiness.org/index.php?main_page=product_info&products_id=626

震災・原発事故の現場を訪れて・・・福島県南相馬での復興作業を通して思ったこと。

6月下旬の週末、泥かきでもしようと南相馬へ行ってきました。わざ
わざ原発に近い南相馬へ行ったのは、放射能への感受性は大分衰えているけど
体力はまだ少し残っている、相対的にヤングなおっさんが率先して行くのがい
いのかなあという思いから。でも、一番の理由はたまたま空いている日程で安
く行けるツアーがあったから。

南相馬には3キロも離れた田んぼに海から津波にのってやってきた漁船がゴロゴ
ロしてました。しかしゴーストタウンみたいになってるのかと思いきや、道沿
いの瓦礫は既にきれいに撤去されていて乗用車も走っているし、店も意外と空
いていて、既に街の機能は回復しています。コンビニやビジネスホテル、ペッ
トショップまで開いていました。

しかし生憎の雨。放射能の雨が降るので、少しの雨でも外の作業は中止になっ
てしまいます。代わりに津波で流された写真や貴重品の泥を落とすという作業
をしました。作業場に山積みになった、卒業アルバムや家族写真など、たくさ
んの思い出が詰まった品々を目にして、人の世の儚さを感じてしまいました。

雨は活動日の2日間はずっと降り続けました。最初の内は雨に濡れるとビビっ
ていましたが、見た目は普通の雨なのですぐに気にならなくなりました。匂い
も色もない放射性物質。本能では避けようがありません。私も他の参加者の多
くも、小雨の中なら傘をささずに動いていました。

今回、ボランティアのコーディネートをされた方が強調していたのは、南相馬
の放射線量が低いということ。確かに公表されている放射線量は郡山や福島市
よりも低く、30キロ圏内ということを考えると、意外に汚染されてないような
気にもなります。しかし東京ですら高い数値に騒いでいるのに、その数倍の値
です。更に、局所的にはかなり放射線量の高い場所もみつかっています。本当
に、ここに住んでいてよいものなのかと疑問も感じました。特に、子供は少な
くとも事故が収束するまでは避難した方がいいようにも思えます。赤子を抱え
たお母さん達は、ほとんど避難したと聞いてほっとしましたが、小学生くらい
の子供は残っていました。

地元の人に残った人も、決して政府の発表をそのまま受け入れているわけでは
なく、不安や迷いを感じながらの選択のようでした。「深呼吸がしたい」と嘆
く年配の女性もいました。一方、そこに残る根拠として、冷戦時代の日本の汚
染が現在の福島以上だったことを聞いたと話す男性もいましたが、彼自身、確
信があるわけではなく「誰の言ってることが正しいのか分からない」と悩んで
いました。それでも人々は、経済的な問題、故郷への愛着、様々な理由から、
そこに留まらざるをえなかったり、自ら留まることを選んだりしています。

政府にはせめて、細かく場所を区切って線量と核種を精査した上で、チェルノ
ブイリと福島にどういう相違点があるのかを示し、避難区域の選定、農産物の
出荷停止や補償をしてもらいたいものです。放射能の除染のためにと、ひまわ
りを育てていた小学生のことを思うと切なくなります。彼女のような子供達に、
将来影響が出なければよいのですが。

たとえ汚染されても、その地で生きることを大人が自分で選ぶのならば、その
選択は尊重すべきだと思います。安全という根拠は誰も持っていないけれど、
影響が確率的でしかない以上、慣れ親しんだ土地に住み続けることを選ぶ気持
ちはよく分かります。そして、人が住んでいる限り復興支援は必要です。原発
から30キロ圏内で復興支援なんて言ってる場合なのか?と若干悩みながらの
参加でしたが、実際に現地を見て、ますます自分の中の迷いは深まりました。
しかし確信したことは、如何にも事故が収束したように見せかけて、今まで通
りに「復興」しようという流れには乗っかりたくないということです。その上
で、出来ることを考えていきたいと思います。

(SBS学生、伴 昌彦)

事務局短信

今期から導入されたSBSのコミュニケーションツール「SNS」。この普及
が今のところ、事務局にとっても最大の課題。なんとか活用してもらおうと、
SBS学生に会うたびに、いろいろ説明をしているのだが、道はなかなかに厳
しい。このSNSが作り出す空間はSBS学生にとっては教室のようなもの。
ひとりひとりが愉しく使えるようになれば、教室全体も愉しいものになるのだ
が。とにかく、少しずつ、一人ずつ。SBSという場を愉しめるSBS学生を
地道に増やしていこうと思う、今日この頃。

〜 お知らせ 〜

スロービジネススクールと本メールマガジンに関するお問い合わせは、事務局
(sbc@slowbusiness.org)までお願いします。
スロービジネスをつくる活動を応援して下さる方を募集しています。

金額の多寡は特に問いませんので、5000円でも100円でも寄付していただけるこ
とでさらに活動を広げることができます。また、賛助会員(年会費6000円)も
随時募集しています。

世の中にスロービジネスが広まることが、いただいた寄付や賛助会員の会費へ
のお返しになると考えています。わたしたちの今後の活動にご期待ください。

バックナンバー:
http://blogs.slowbusiness.org/sbsm/