フェアトレードシティを推進するまち
フェアとレードシティ/タウン運動(以下、世界的に使われている、フェアト
レードタウンの方を使用するが、フェアトレードシティも含めている)とは、
フェアトレードを推進するまちという意味だが、その認定には一定のハードル
がある。日本の場合には、市内での認知度や行政の協力体制に加えて、地域と
の連携という6つ目の要件が加わっている。
この6つ目の要件は、フェアトレードという活動が地元を無視して外の問題だ
けを見ているのではないという意味で付け加えられた。フェアトレードタウン
運動が、まちづくりを強く意識していることとも整合性がある考え方だ。
フェアトレードタウンになることは、どういうまちをめざすことになるのだろ
うか。議論の前に、「まち」を「ある程度人が集まっていて、そこで人が生き
て、暮らしている場」ぐらいにしておこう。厳密な定義をしようと思うと、文
章が長くなってしまうので、この程度にしておく。
もちろん、熊本に限らず、どういうまちでも、すでに「人が集まり、暮らす場」
としてのまちはすでに存在している。フェアトレードタウンによるまちづくり
は、この既存のまちに「フェア」という考えで人々が行動する仕組みを付け加
えるものだ。
まちづくりというと、ビルを作ったり、区画整理をして道路を造ったりするこ
とと考える人が多いが、それは最後の手段だ。既存のまちがどうしようもなく
なってしまったときに、いったんゼロに戻して作り直すことを考える。いつの
間にか、まちづくりというと、その最後の手段のことばかり考えられてしまう
のが残念だ。
好循環の経済
まちにフェアという考えが行き渡らないと、経済の悪循環が広がり、それが人々
の暮らしにも影響を与えてしまう。簡単にいうと、「とにかく安いものを」求
める行動が広がる。最初は輸入品で安いものを求めるだけで、自分の仕事は安
泰かも知れない。しかし、輸入品の種類が多様になるにつれて、自分が仕事で
扱うものも売れなくなってくる。あるいは、利益率が落ちてきて、給料に影響
が出る。そうなると、生活が苦しいからさらに安いものを求める。そして、再
び給料が安くなるという悪循環だ。
経済にフェアという要素を付け加えると、この悪循環を断ち切ることができる。
フェアという考え方は、相手のことを対等に考えるということである。経済の
場合も、価格だけを見るのではなく、相手の事情を考えて行動するということ
だ。相手も暮らさなければならないとなれば、不必要なまでに値切ろうとは思
わないはずだ。売る側もお金がない人から無理にはとろうとせず、ときどきは
まけてくれたりするはずだ。こどもの頃、近所のお店でちょっとしたサービス
をしてもらった経験は誰しも持っているはずだ。
相手を尊重するという考え方を商品に当てはめると、商品を作る苦労、作るた
めの技術、商品を見つけ出す目利きなどに価値を見いだすということだ。そし
て、その価値が価格に反映されるならば、相手を尊重しているという姿勢を、
その価格をきちんと支払うという行動で現す。
最初は、フェアトレード商品=輸入品に対してそういう行動をとるかもしれな
いが、きちんと作られたもののよさ、安心感などを体験すると、別の品目でも
そういう商品を買いたくなるはずだ。そうなったときに、そのまちに、選択肢
がきちんとあるだろうか。国内、あるいは近場でていねいに作られた食品を買
いたい、手づくりの工芸品を身につけたいと考えたときに、それを手軽に購入
できるだろうか。
そういう選択肢が数多く提供されているというのが、フェアトレードタウンの
特徴だ。
フェアトレードは人のためならず
経済の悪循環で述べたサイクルをちょうど逆にすると、フェアトレードタウン
が経済を通して暮らしにもたらす好循環が見えてくる。
相手を尊重する消費スタイルが広がれば、やがては自分の仕事も尊重される。
そうなれば、給料が増えたり、先行きの不安が少し解消する。そして、増えた
給料で、普段買っているもののうち、フェアな取引での購入量を増やす。こう
いう流れを作り出せれば理想的だ。
そう、フェアトレードは途上国の人々のためだけにおこなうわけではない。巡
り巡って、自分の暮らしのためでもある。「情けは人のためならず」といわれ
るが、「フェアトレードは人のためならず」なのである。
さてそれでは、フェアトレードタウンの動きを広げるために、今すぐできるこ
とは何だろうか?フェアトレード商品の取扱店を増やしたり、フェアトレード
の認知度を増やすことも大切だ。そういう活動は、地域の活動の裾野を広げる
役割がある。
僕は今は、フェアトレードの考えを経済に深く浸透させる工夫が必要だと思う。
そのために、フェアトレード商品を看板にするお店が、地域の産品を積極的に
取り扱うことが大切だと考える。
Comments