※ 最初に配信したバージョンでは、エッセイの内容が古いものになっておりました。また、エッセイ・書評の著者が間違っておりましたので訂正しました。
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※ 最初に配信したバージョンでは、エッセイの内容が古いものになっておりました。また、エッセイ・書評の著者が間違っておりましたので訂正しました。
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エコビレッジをつくるため、青森に移り住んで3年目の山本勇樹君。移住したばかりの厳寒期に電話したときに「寒い?」と聞くと「寒いっす・・・」。「大丈夫なの?」とさらに問うと、「いやもう凍死寸前というか、やばいっす」。
そんなこんなでスタートした青森での生活も、今年で3年目。「設立準備」の期間を終えて、いよいよ本格的なエコビレッジとしてスタートしようとしている。
そこにはどんな自然があり、どんなものを食べ、どんな楽しみがあるのか?
青い森のエコビレッジを創る山本勇樹君からの現地報告。(企画・編集 矢野宏和)
3,11以降、多くの人がそれまでの生き方を一生懸命に見直している。どこに住むか、何を食べるか?何を選び、どのように生きていくのか。その見直し作業につきまとう、たくさんの迷い、悩み。
ある日のこと。臨床心理士でSBS学生の福崎さんに、「人が迷い、悩むときに、心の面からのアプローチでなんか役に立つ専門的な知恵とか知識とかってないのかな?」という大雑把な問いをぶつけてみた。
すると福崎さんは、こう答えた。
「それが、あるんですよね。それを今、書きたいと思っていて・・・」
「え、マジで。じゃあ、書いてよ。すぐに書いてよ。はやく読ませてよ」と、私が矢継ぎ早に原稿依頼して届いたのが、下記のレポートです。
(企画・編集 矢野宏和)
日々、子育てをするなかで、どうしても子どもを自分の都合に従わせてしまっていることが、私自身、多々あります。
でも、子どもの言わんとしていることを真剣に理解しようと努め、その想いに従ってみることに取り組んでみると、案外、肩の力が抜けて、子育てが愉しく感じられるようになるものです。
そして、子どもに従うことを通して、私たちがすでに失ってしまった何かを取り戻せるようになるかもしれませんね。
きょう、ご紹介するレポートは、江崎さん(元SBS学生)の、3,11当日の出来事を伝えてくれたものです。「子どもに従う」というその自然なスタンスが読んでいて心地よかったので、子育て中のパパ、ママたちと分かち合いたいと思います。
(企画・編集 矢野宏和)
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半年に一度くらい、僕はSBS学生仲間の村上和浩さんに、「今、どうしているの?」と電話をかける。その応えがいつも「えっ?」と驚かされることが多い。「いま、機織の特訓中」とか「ふんどしにはまっている」とか。
とにかく村上さんというSBS学生は、いつも何かにチャレンジしていて、ぼくは幾分、驚かされることを期待しながら、その日も彼に電話したのだが、そのときの返答には、これまでで一番、驚かされた。
「今、小学校の教育実習なんよ」
「へっ?教育実習って、フリースクールの?」
「いや、いや、文部科学省の小学校」
「え、村上さん学校の先生になるの?公務員の」
その時、ぼくは、村上さんには本当に申し訳ないとは思うのだが、「なんで、そんな無駄なことを」と思ってしまった。
ぼくのなかでは、もはや日本の一般的な学校教育は完全に崩壊していて、明るい未来や希望などとても抱けるものではなかったから。
なぜ、そんなところに身を投じるのか?僕は深く疑問に想い、その疑問に対する応えを村上さんに書いていただくことにした。
(企画・編集 矢野宏和)
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毎年6月22日に新学期迎えるスロービジネススクールにとって6月は、新しい出会いとともに、別れの季節でもある。SBSという場で、何を学び、どんな想いを得て、飛び立つのか。
5年という月日をSBSで過ごした堤さんに、その心境を語ってもらった。
(企画・編集 矢野宏和)
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フェアとレードシティ/タウン運動(以下、世界的に使われている、フェアト
レードタウンの方を使用するが、フェアトレードシティも含めている)とは、
フェアトレードを推進するまちという意味だが、その認定には一定のハードル
がある。日本の場合には、市内での認知度や行政の協力体制に加えて、地域と
の連携という6つ目の要件が加わっている。
この6つ目の要件は、フェアトレードという活動が地元を無視して外の問題だ
けを見ているのではないという意味で付け加えられた。フェアトレードタウン
運動が、まちづくりを強く意識していることとも整合性がある考え方だ。
フェアトレードタウンになることは、どういうまちをめざすことになるのだろ
うか。議論の前に、「まち」を「ある程度人が集まっていて、そこで人が生き
て、暮らしている場」ぐらいにしておこう。厳密な定義をしようと思うと、文
章が長くなってしまうので、この程度にしておく。
もちろん、熊本に限らず、どういうまちでも、すでに「人が集まり、暮らす場」
としてのまちはすでに存在している。フェアトレードタウンによるまちづくり
は、この既存のまちに「フェア」という考えで人々が行動する仕組みを付け加
えるものだ。
まちづくりというと、ビルを作ったり、区画整理をして道路を造ったりするこ
とと考える人が多いが、それは最後の手段だ。既存のまちがどうしようもなく
なってしまったときに、いったんゼロに戻して作り直すことを考える。いつの
間にか、まちづくりというと、その最後の手段のことばかり考えられてしまう
のが残念だ。
まちにフェアという考えが行き渡らないと、経済の悪循環が広がり、それが人々
の暮らしにも影響を与えてしまう。簡単にいうと、「とにかく安いものを」求
める行動が広がる。最初は輸入品で安いものを求めるだけで、自分の仕事は安
泰かも知れない。しかし、輸入品の種類が多様になるにつれて、自分が仕事で
扱うものも売れなくなってくる。あるいは、利益率が落ちてきて、給料に影響
が出る。そうなると、生活が苦しいからさらに安いものを求める。そして、再
び給料が安くなるという悪循環だ。
経済にフェアという要素を付け加えると、この悪循環を断ち切ることができる。
フェアという考え方は、相手のことを対等に考えるということである。経済の
場合も、価格だけを見るのではなく、相手の事情を考えて行動するということ
だ。相手も暮らさなければならないとなれば、不必要なまでに値切ろうとは思
わないはずだ。売る側もお金がない人から無理にはとろうとせず、ときどきは
まけてくれたりするはずだ。こどもの頃、近所のお店でちょっとしたサービス
をしてもらった経験は誰しも持っているはずだ。
相手を尊重するという考え方を商品に当てはめると、商品を作る苦労、作るた
めの技術、商品を見つけ出す目利きなどに価値を見いだすということだ。そし
て、その価値が価格に反映されるならば、相手を尊重しているという姿勢を、
その価格をきちんと支払うという行動で現す。
最初は、フェアトレード商品=輸入品に対してそういう行動をとるかもしれな
いが、きちんと作られたもののよさ、安心感などを体験すると、別の品目でも
そういう商品を買いたくなるはずだ。そうなったときに、そのまちに、選択肢
がきちんとあるだろうか。国内、あるいは近場でていねいに作られた食品を買
いたい、手づくりの工芸品を身につけたいと考えたときに、それを手軽に購入
できるだろうか。
そういう選択肢が数多く提供されているというのが、フェアトレードタウンの
特徴だ。
経済の悪循環で述べたサイクルをちょうど逆にすると、フェアトレードタウン
が経済を通して暮らしにもたらす好循環が見えてくる。
相手を尊重する消費スタイルが広がれば、やがては自分の仕事も尊重される。
そうなれば、給料が増えたり、先行きの不安が少し解消する。そして、増えた
給料で、普段買っているもののうち、フェアな取引での購入量を増やす。こう
いう流れを作り出せれば理想的だ。
そう、フェアトレードは途上国の人々のためだけにおこなうわけではない。巡
り巡って、自分の暮らしのためでもある。「情けは人のためならず」といわれ
るが、「フェアトレードは人のためならず」なのである。
さてそれでは、フェアトレードタウンの動きを広げるために、今すぐできるこ
とは何だろうか?フェアトレード商品の取扱店を増やしたり、フェアトレード
の認知度を増やすことも大切だ。そういう活動は、地域の活動の裾野を広げる
役割がある。
僕は今は、フェアトレードの考えを経済に深く浸透させる工夫が必要だと思う。
そのために、フェアトレード商品を看板にするお店が、地域の産品を積極的に
取り扱うことが大切だと考える。
「深刻な、決定力不足・・・」。サッカー日本代表が敗れた試合の後に、よく使われるこの言葉。それは、3,11後の日本人の姿そのものを示す言葉でもあろう。何を、どうするか。決めきれない日本の人々。放射能を前に、そんな傾向が際立って見える。
だが、サッカーのゴールならいざ知らず、ことこの件については決定力不足のままでは許されない。子どもたちは待っているのだ。大人たちがどう生きるかを決めることを。
しかし、「自分で何かを決める」という経験に乏しく、何かを決めて生きる大人の数そのものが少ない現状において、そのハードルは高い。
こうした問題への解決に、近道はない。サッカー日本代表は、敗戦を重ねながらも少しずつゴールを決め、それを見て育った子どもたちが成長し、さらに強くなってきた。それと同様に、たとえどんなに少なくても、今、この局面で何かを決めて生きている、その人の実像と実動を通して、「自分で決めて生きていく」ための術を学んでいくしかないのだ。
今回、この企画で紹介するのは、風間理紗というひとりの女性が、放射能と向き合って「決めたこと」。関東に在住し、まだ20歳代の若いお母さんとして1歳の我が子とともに生きていくために「決めたこと」をお伝えする。
これからお届けする風間さんの原稿が、多くの決意なき日本人にとって、何かを自分で決めるための力になること。そのことを深く祈念して・・・。
(企画・編集 矢野宏和)